雨は降らなかった。なのに川が村をのみ込んだ。 26日午前8時40分ごろ、ネパール中北部バグマティ州ラスワ。ヒマラヤの山麓を流れていた川が一気に増水し、橋や村、工事現場を押し流した。カトマンズの北120kmにある国境地帯だ。 外交部によると、ラスワでアッパー・トリシュリ-1水力発電所を建設していた韓国人職員9人と連絡が途絶えた。韓国南東発電の3人、斗山エナビリティの6人だ。同じ現場にいた韓国人10人は孤立したが、無事が確認された。ネパール政府は軍と警察で捜索隊を編成して救助を進めており、孤立者の救出にはヘリコプターを投入した。 政府は、外交部長官を本部長とする在外国民保護対策本部を設置した。李在明大統領が利用可能なあらゆる手段を動員するよう指示し、外交部と消防庁、警察庁で構成された政府合同の迅速対応チームが27日に現地へ向かった。駐ネパール韓国大使館は事故を把握した直後、ネパール政府に捜索と救助を要請し、領事を現場に派遣した。 被害は国境の両側で広がった。ネパール当局の暫定集計では死者は100人前後、行方不明者は400人を超える。行方不明者の多くは、ヒマラヤのトレッキングや巡礼に出ていた外国人観光客だ。上流の中国チベット自治区でも死者と行方不明者が出た。両地域を合わせた行方不明者は660人を超える。通信と道路が寸断され、集計は刻々と変わっている。 壊れたのは人だけではない。ネパールと中国を結ぶ友情の橋が流され、国境通商所は土砂に埋もれた。ヒマラヤをまたぐ交易路は丸ごと止まった。ネパール電力当局は、水力発電所十数カ所が被害を受け、400MWを超える発電能力に支障が生じたとみている。 大雨もなかったのに、なぜ川が増水したのか。 最初に浮かんだ疑問は原因だった。ネパール水文気象局は、ラスワ一帯で洪水を起こすほどの雨は降っていないと確認した。雨がなく川の水だけが増えることは平地では起こらない。だがヒマラヤでは話が違う。 国際総合山岳開発センター(ICIMOD)は初期分析で、上流の氷河から落ちた氷と岩の塊がレンデコラ川をせき止め、その後一気に崩れたと明らかにした。渓谷をふさいだ氷の塊が一時的なダムの役割を果たして水をため、重さに耐えきれず破裂した瞬間、閉じ込められていた水が土砂とともに流れ下ったのだ。 高山でよく起きるこの現象を、専門家は氷河湖決壊洪水と呼ぶ。氷河が溶ける過程で氷と岩の間に湖ができ、そこに水がたまって壁が崩れると、数百万トンもの水が一度に流れ出す。ダムが決壊するのと同じだが、予兆がない。氷と土でできた壁には、水門も計器もない。 規模を見積もるのも容易ではない。サッカー場ほどの広さの湖に水深10mの水があれば、水だけで7万トンを超える。ヒマラヤの氷河湖の中には、それより数十倍大きいものが珍しくない。閉じ込められていた水が一気に流れ出す瞬間を想像すれば、渓谷の下流で何が起きるかが見えてくる。 流れには土砂や砂利、岩が混じる。澄んだ水ではなく、コンクリートのように重い泥水の塊が時速数十kmで谷をなぎ払う。橋や道路、工事機材が持ちこたえられない理由がそこにある。現場関係者が、水ではなく壁が押し寄せてきたと語るのもそのためだ。 発生当時、マグニチュード4.4の地震が記録されたという報道が先に出たが、その後、地震ではなく大規模な土砂崩れが生んだ揺れだったと整理された。山が崩れる衝撃が、地震計に捉えられるほど大きかったという意味だ。 繰り返された災害である点が、さらに重い。同じラスワ一帯では昨年7月にもチベット側の氷河湖が決壊し、ボテコシ川で洪水が起きた。国境を結ぶ橋は切れ、貨物車数百台が流され、水力発電施設も壊れた。1年あまりで、同じ方式で、より大きな規模で再び起きた。 ネパールは、ヒマラヤから流れ下る水を電力に変えて経済を成長させようとしてきた国だ。国土の大半が山岳地帯で、火力や原子力を建設しにくく、水力が事実上唯一の大型電源だ。インドに電力を売って外貨を稼ぐ計画も進めてきた。水を資産とする戦略が、水がもたらした災害に揺らいだ形だ。 韓国企業が建設していたアッパー・トリシュリ-1は、ネパールの電力事情を変える事業と目されていた。216MW規模で完成すれば、ネパール全体の電力供給量の約20%を担う予定だった。総事業費は6億4700万ドル、韓国ウォンで9000億ウォン台だ。 韓国南東発電と国際金融公社が共同で開発し、斗山エナビリティが施工を担当しており、今年末の完工を目指していた。斗山エナビリティは非常対策本部を立ち上げ、鄭延仁代表取締役を含む対応チームを現地に派遣することにした。 警報はなぜ鳴らなかったのか。 水の発生源はネパールではなかった。国境の向こう側、チベット側の谷だ。災害は国境を越えて来たが、危険を知らせる信号は国境を越えられなかった。 ヒマラヤの国境河川では、上流と下流が別の国にまたがる。上流で氷が崩れ、水がせき止められる状況をリアルタイムで把握できるのは上流国だ。下流の住民や工事現場が避難する時間を確保するには、その情報が即座に伝わらなければならない。氷のダムが破裂してから下流の村に水が届くまで、長くても数十分だ。数分早く知らせるだけでも、人は斜面へ避難できる。 現実は逆だ。上流監視装置が置かれている場所は限られ、国境をまたぐ水文情報の共有も制度として定着していない。昨年同じ地域で事故が起きた際も、下流では目の前に水が迫ってからようやく状況を知った。今回も発電所現場は、朝の作業準備中にそのまま濁流を受けた。 国境を越える災害への対応には、他地域に前例がある。欧州のライン川流域諸国は、上流の水位や汚染事故の情報を下流へ即時に伝える仕組みを長く運用してきた。ヒマラヤの国境河川には、まだそれに見合う装置がない。 技術がないわけではない。衛星で氷河湖の面積変化を追跡する手法はすでに使われており、水位計や振動感知器、サイレンを組み合わせた自動警報網もネパールの一部の渓谷に設置されている。問題は、危険区域全体を覆うほど緻密ではなく、国境外の上流まではまったく届かないことだ。 警報網を敷くための資金と運用人員も不足している。ネパールは国内総生産の規模が小さい国だ。数千に及ぶ氷河湖を常時監視し、谷ごとに警報装置を維持する費用を賄うのは難しい。国際機関や先進国の支援が取り沙汰されてきた背景がここにある。 ヒマラヤが発する信号は、ますます大きくなっている。ICIMODが今年3月に公表した報告書によると、ヒンドゥークシュ・ヒマラヤの氷河が薄くなる速度は、2000年以前の年間34cmから、それ以降は年間73cmへと2倍超に加速した。1990年から2020年の間に氷河面積は12%減少した。地球の平均気温が産業革命前より1.5〜2度上昇する流れが続けば、2100年までに氷河量の30〜50%が失われると予測された。 ...
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